2015年11月1日日曜日

オランド仏大統領がモンサンミッシェル島で ロシア旅客機墜落の弔辞 追悼ではなく観光発展のため

 オランド仏大統領は10月31日にノルマンディーにあるモンサンミッシェルの島に午前10時ごろにヘリコプターで到着すると、直ぐにシナイ半島で墜落したロシア旅客機の件でロシアのプーチン大統領にジャーナリストを前に弔辞を送った。この悪い知らせはフランスでは一番早く報道された内の一つである。モンサンミッシェルへのオランド大統領の訪問はこのためではなくて、完成したクエノン川の治水ダムとモンサンミッシェル島への一部橋になった新通路の開通式に参加しフランスの観光の発展に寄与しようとするためであった。オランドはこの宗教的な山の僧院への参詣は希望していなかったので、すぐに逆の入り口の方の海岸へ向かったのだと、この地方をカバーする地方紙「西部フランス」(ouest france)新聞は報道している。(パリ=飛田正夫2015/11/01 6:40日本標準時 )


モンサンミッシェル山の岩盤をダイナマイトと電気鋸で
削って切通しを作った。これは奥に見える観光案内所
への新たな通路だという。聖なる山を傷つけたとして
島の住民などを中心に自然保護団体から反対運動
が起こった。

はからずも午後にはロシアの224人が乗ったエアバスA321機の墜落の、犯行声明がイスラム主義国家組織(EI)より出されている。歴史のモンサンミッシェルもさながら、現代のキリスト教徒とイスラム聖戦主義者との対立が露わになっていて、最近はシリアのキリスト教僧侶の誘拐や殺害が激化していた。ロシアのプーチンはこれを叩かずに、アサドを支持して反アサドのシリア反体制側の市民の町オムスなどを攻撃していた。

ロシア市民が今回のロシア旅客機爆撃で不幸にも全員死亡という悲報に対して、このロシアのプーチン大統領にオランド仏大統領が弔辞をモンサンミッシェル島から送らなければならなくなったということが、実は象徴的な世界の戦争の構図なのである。

オランドは「モンサンミッシェルは最も偉大ではないが、最も有名である」と語り、ミッテラン大統領がここにやって来て語ったことに触れて、「傷ついた人間がここで回復する」というのは、オランド大統領の解説によると、つまり「人間のおかげで回復した自然の力」ということなのだという。これで過去の総ての信者の夢が叶えられ、そして未来が創造されることになると話している。

モンサンミッシェル山の岩盤をダイナマイトと電気鋸で削って切通しを作った。これは奥に見える観光案内所への新たな通路だという。聖なる山を傷つけたとして島の住民などを中心に自然保護団体から反対運動が起こっていた。観光開発のために自然開発は、自然だけでなく人間も破壊されてゆくというのが、オランド大統領の10月31日のロシアへの弔辞の深い意味なのではないのか。


【参考記事】
http://www.ouest-france.fr/mont-saint-michel-hollande-adresse-ses-condoleances-poutine-3807496