2015年1月29日木曜日

フランソワ・ローマ法王もフランスの表現の自由 政教分離法(ライシテ)に理解を示し接近

カトリック教会の法王フランソワは15日に、「表現の自由は基本的な法であるが、ほかの人の信仰を非難するのは許されない」とし、「神の名において殺害することは誤っている」と話した。フランスの1905年の政教分離法(ライシテ)を認めるかたちとなったと理解できる。他の人の宗教を揶揄したり挑発したりすることはできないとコロンボへ向かう飛行機の中で話しているが、これは風刺画週刊紙チャルリー・ヘブドのジャーナリストがイスラム国家聖戦主義(djihadiste)集団によって殺害された後の記者会見の時に、宗教に対する風刺表現の自由に関する質問があったために、これに今回答えたものだ。
同新聞は数年にわたりイスラムだけでなくキリスト教や法王に対しても辛らつな風刺を行ってきているが、しかし風刺したからといって、ジャーナリストをみな殺しすることは許されないとしたものだと解釈できる。フランソワ法王の話しでは、宗教も法王も大事だろうが、人間をどんなことがあっても、どんなことをしたからといっても殺害をしてよいわけがなく、これを法王は誤って解釈しようとしているようだ。神や宗教がたとえ馬鹿にされ風刺されたからといって、即座に人を射殺してよいわけがないからである。宗教は人を殺すことを許してはならないからである。しかしフランソワの話ではどうもそうではないようなのだ。
続けて次のよういっているからだ。この自由を使うことは正当性がある、しかし攻撃的であってはならないと強調する。もし、友人が私の母親の悪口をいったのなら殴られるのは当然だ。だから、挑発行為はしてはならない。他の人の信仰を批判してはならないし、嘲笑してはならない。このフランソワの考え方は全然おかしいのである。悪口をいわれたくらいで人を殺害してよいわけがないのだ。風刺画を描いたら、殴られたりすることは当然だといっている。これは変だろう。テロリストの行為を認めていることになってはいないか?たとえ悪口で批判されても絶対に人を殺傷してはならないのである。フランソワはそのことを言わなければならなかったのだと思う。確かにパリのサンミッシェル広場には、剣を大きく空にかざしたミカエル天使が悪魔だとされる竜に切りかかろうとしている。この姿を残忍なものだというカトリック教会の僧侶も何人かいるのである。異教徒(パイヤン)を悪魔だとして切り殺す天使ミカエルの姿はキリスト教徒にとってはよくても、イスラム教徒など異教徒にとってはどうだろうか。この天使ミカエルの姿こそ、他の人々の宗教に対して非常に攻撃的であって挑発的でり非寛容なのではないのか?続けてフランソワは、ハフィントン・ポスト(The Huffington Post)の中で次のように言っている。多くの人が他人の宗教を嘲笑したり、悪く言っている。そしてフランソワ法王は宗教的自由と表現の自由とはともに人間の基本的権利であると説明している。同様に宗教の名においての殺害を弾劾し、神の名において、彼の宗教の名において戦争をしたり人を殺害することはできないと話した。フランソワは、神の名において殺害というのは可笑しなことである。殺すことなく、強制することなく、攻撃的でなく自由を信じなければならないと話した。しかしフランソワの話しのようであれば、信仰の名においての殺害以外の殺害はどうするのか?これならば人を殺害しても神に迷惑がかからないからよいというのか?そうではないだろう。キリスト教は信仰に関係なく人間が、人を殺すことを禁止していないのだ。十字軍というのは神の名においてイスラムを殺害してきたはずである。誰でも人間は人を殺したがらないのだが、神の名において人を聖戦なので殺してよいと考えたのではなかったか?彼は続けて言う。イスラム主義者のテロで、現在我々はどうしたかというと、どれだけの宗教戦争が我々にあったのか。16世紀のプロテスタントとカトリックとの宗教戦争のはじまりとなったフランスのサンバーテルミーの大虐殺を我々は思い出し、また反省する。ハフィントン・ポストはフランソワ法王が何度も1月7日のパリでのイスラム主義者による17人殺害テロを糾弾していることを強調している。フランスは何でも描くことができる。もちろんそこには預言者も入るのである。と15日の風刺画週刊紙チャルリー・ヘブドの殺害された一人チヌー氏の埋葬式で、クリスチャン・トビラ法相が発言したことは、すべての宗教を馬鹿にすることができることを髣髴しているとハフィントン・ポストは書いている。トビラ法相は、パリ東近郊のモンとルーユ市で行われたイスラム主義者の銃弾に倒れたチヌー記者の葬儀で、「ボルテールの国フランスにおいてはすべてを描くことが可能である。預言者もだ。不都合はない。我々はすべての宗教を嘲笑する権利がある」と話した。




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