2014年9月22日月曜日

【コラム】サルコジとジュッペの戦い 「人か」「法か」 ここに民主主義 の危機がある


プリメールを前回の2012年の仏大統領選挙ではサルコジは行わなかったことが批判されていた。そのため、2017年の仏大統領選挙では社会党や他党の行っている民主主義 的な代表者を選ぶ方式のプリメールはやるようにするといっていた。しかし今回もサルコジは国民運動連合(UMP)内部からの大統領候補者の立候補者予選(プリメール)を否定している。UMPの名前を変えるか、もしくは独自に新党を打ち上げることでプリメールを回避して、そこから立候補しようとしている。そのためにボルドー市長のアラン・ジュッペ元首相は9月20日のメディアパーのインタヴューに答えて、「戦いにはそこに決まりがある。そしてそれを判定するのは人々なのだ」と話し、サルコジが決めるのかそれとも市民が決めるのかという民主主義 の基本である個人の感情ではなく法の約束ごとに、党の決まりに従うようにサルコジに糾したわけである。

これはサルコジが民主主義 の約束ごとである各党がそれぞれ仏大統領選挙立候補を希望する者を先ず出して論議させてから、最終的に党を代表する立候補者を党員が決めるという党内予選選挙(プリメール)の民主主義 の規則であり法を否定してきたためである。

ここに手続きを省略し法や決まりを変えてしまうサルコジのやり方がある。個人的人気がジュペやフィヨンやベルトランよりも格段の差であるのはわかりきっているのだからいまさらプリメールをやる必要はないという驚くべき独善の論理だ。

気分や雰囲気をイデオロギー的に自分が他の候補よりも優れ人気があるとメディアや世論調査会社に作らせておいて、プリメールを否定してくるサルコジの手法というのは、すでにシラク婦人ベルナデットが先週やってみせたわけである。すなわち、サルコジは(ビグマリオン事件で腐った)国民運動連合(UMP)などから出る水準の玉ではないのだと。しかしビグマリオン事件というのは2012年のサルコジ候補の大統領選挙運動資金の出費が違法な二重請求書でしかも偽造であったことが内部告発された事件ではなかったのか。

恐るべきことはプリメールとう民主主義 の手順がサルコジに踏みにじられているということである。場合によってはメディアが大騒ぎするほど人気があるのだから、大統領選挙さえも必要ないではないかとたたみこんでくるかもしれないのだ。そういう論理も今回のプリメール否定とそんなに遠くはない所でつながっているのである。ここにフランスの民主主義 の危機がある。


【参考記事】
http://www.mediapart.fr/journal/france/210914/presidence-de-lump-alain-juppe-ira-jusqu-au-bout